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2013年3月25日月曜日

ラパス


3月7日 木曜日
 ゆっくりとおきだし、10時頃からとりあえず、付近を見て回ることにした。
昨日宿で一緒だった人に、スーパーの場所を聞いていたので先ずは、スーパーに行き、お菓子と水を調達して、坂をドンドン下り、メインストリートまで歩いて来た。メインストリートは人と車で溢れ返っていた。どうも、歩行者用信号というものがないようで、信号の見方がよくわからず、道路を渡る時、いつも車にひかれそうになる。信号自体も少ないので要所要所に警官が立って交通整理している。人が交通整理するくらいなら、信号付ければいいのにと思う。


国会議事堂

 坂メインストリートをしばらく歩くとサークルがあり、そこから曲がったところに日本食レストランのけんちゃんがあるのを確認した。けんちゃんの前の道は何故か閉鎖され、道路の中央に、シェルターと書いたテントが張ってあり、なんだか物々しかった。

 何処に行っていいかわからないので、ムーチョ広場という所に行ってみると何とそこは国会議事堂の前であり、入り口には警官がビシーとした格好で、剣を持って立っていた。その横には大統領官邸があり、そこにも赤い制服の警備の人が立っている。前の公園では、人が餌をやるのだろう鳩の数が凄く、鳩嫌いの自分は入れない空間だった。

 ラパスは坂の町、国会議事堂といえども坂に建てられている。その隣には廃屋となった商店の後のような、建物が建っていた。国会議事堂の隣が廃屋というのはどうだろうなどと思った。

こんな坂を登って行く
ラパスの町はすり鉢状の形をしており、どうしても上から写真を撮りたいと思い、国会議事堂の坂を登って行った。かなり急な坂である。あんまり息をきらさないようにと、ゆっくりゆっくりと登って行くが、足がなかなかあがらない。

地元のおばあちゃん。何故か妻に挨拶のキスをしてくれた。

辛そうにあるいていると子供が犬の手を振ってくれて、元気がでた。

きつい坂の途中にも花が植えられ、辛さを忘れさせてくれる

 途中から少し嫌になったが、上の方に景色の良さそうなところが見えるので辞める訳には行かない。30分程登り、ようやく前に家がない見晴らしの良いところにやって来た



。すり鉢の底から上の方までびっしりと赤レンガの家が建ち並び素晴らしい景色だった。
写真を撮ってみるとその素晴らしさがあまり表現できてなくて残念だった。
坂を上ったところかの風景。ラパスの町は家でビッシりだ

ここは坂道の角っこ。おばあテャンが座って、通る車に、反対から車が来ていないよと合図をしていた。
坂を下り、また国会議事堂まで戻ってくると、議事堂の前ではブラスバンドがなにか演奏をしている。日本で言えば自衛隊のブラスバンドのようなものだろうか、しかし、下手である。なんだか聞いていて、ちょっと気分が悪くなった。

 返りは、サガルナガ通りというお土産物屋さん通りを歩いて帰った。何処の店もある物はおんなじようなもんばかりではあるが、高級店と低級店とあるようで、アルパカの毛糸で編んだニット製品をどの店も扱っている。これはいいなと思ったセーターは1万円以上するし、帽子もちゃんとしたアルパカ製品は5000円くらいはする。一方で、セーターはわからないが、帽子なんかは安いところでは30ボリ、420円くらいで売っているときもある。環境客は、セータやバックなんかを身につけて歩いている。
 デザインもななか良くて、いくつか欲しいと思う物があったが、大物は荷物になるので我慢するしかない。靴下なんかの消耗品等は買ってもよいかななんて思いながら見て回った。

 サガルナガ通りとホテルのある通りの交差点のアウトドア屋さんがあり、そこで、探していたメレルのカメレオンを見つけた。妻のカメレオンの底に穴があいており買い替える必要があったからだ。
 しかし残念ながら、サイズが合わず、ティンバーランドの靴を結局購入した

部屋のカーテン越しに夜景が奇麗に見える

2013年3月24日日曜日

サンティアゴ〜ラパス


3月6日 水曜日
 今日はラパスへ飛ぶ日だ。フライトは、11時45分発。国際線なので、3時間前到着で、バスが1時間、バス停まで30分位をみて、7時にチェックアウトした。
 バッパーのレセプションは夜8時〜朝8時まで閉まっているところが多く、チェックアウトの時間が早いときは、デポジットとかの確認をしておかなければならないが、ここLa Casa Rojaのレセプションは24時間開いているので、とてもよい。

 8時30分には空港に到着して、チェックインしようと思ったが、ラパス行の飛行機の案内が掲示板にない。インフォメーションに行ったら、早すぎるから出てないのよ46番で受付してくださいと言われ、46番に行くと、これはNationalフライとだから66番の窓口ねと言われ、66番の窓口の近くの自動チェックインマシンでチェックインして、66番で確認すると、これは、46番に行ってくださいと言われ、46番で聞いたら66番に行けといわれたというと、ふっ一笑された。また46番に行くと、66番に行けという。66番では46番に行けと言われたというと、66番のお姉さんはこれはNationalフライとだから66番よと言ってもう一人の係員をつけて案内してくれた。


 
 まったくたらい回し状態で困ってしまった。なんでこんなことになるかというと、46番は国際線の窓口で、66番は国内線の窓口でラパスは外国なので国際線窓口と思われがちだが、この便は、イキケというところを経由して、ラパスに向かう便で、サンティアゴを出るときは国内線なのだ。イキケで一旦飛行機を降りて、イキケで出国手続きをしてから、ラパスに向かうことになる。国内線の係員はそれを知らず、ラパスの名前をみて、国際線と思ってしまったのだろうが、ちょっとこれはひどい。

 飛行機は2〜3時間くらいで、イキケに到着したが、イキケの空港の周りは砂漠で、砂が積上って丘になっている凄いところに来たなと言う感じがした。イミグレは、一旦飛行機を降りてブリッジをでた所に簡易的なゲートがあり、そこで手続きをして、もとに戻るという感じだったが、特に何もなく無事出国手続きが終わった。
イキケの簡易イミグレーション


イキケ空港の外は砂丘が続く。

イキケのた
イキケからラパスは1時間位だったろうか、入国手続き、税関を通り、お金をおろそうとしたが、お金が出てこなくて、ちょっと焦った、機械を変えてみたら、BNBという銀行の機械でお金をおろすことが出来た。

 インフォメーションで、地図を貰い、ミルトンホテルの場所と行き方を教えてもらった。
お姉さんが言うにはサンフランシスコ広場でバスを降りて、そこから歩いて行けということだった。ミニバスの呼び込みにサンフランシスコに行くかと聞くと行くというので、それを信じて、乗り込んだ。料金は一人4ボリ。銀行でおろしたばかりなので100ボリしかなくておつりが帰ってくるか心配だったが、ちゃんと返って来た。
ラパスの空港には古い飛行機が捨ててあり、朽ちかけている

これも捨てられた飛行機
ミニバスは、車掌みたいな人が乗っており、バスを待っている人に行き先を連呼する乗りたい人が、手を挙げると乗せてくれる。料金は前金制で車掌に渡す。ミニバスといっても、普通のハイエースで、それに15〜16人くらいは乗っていて、かなり窮屈だ。

 大きな荷物はルーフキャリアに積んでくれるので、車内では貴重品の入っているセカンドバックだけ持っておけば良い。

 車掌はちゃんと覚えておいてくれて、サンフランシスコで私たちに合図をしてくれおろしてくれた。

 さてここから、宿までどう行くかが問題だ。とりあえずサンタクルス通りらしき通りを見つけ、そこにいる人にサンタクルス通りかどうかを聞くと「そうだ」と言うこたえ。
というかスペイン語なので、ジェスチャーで判断。

このサンタクルス通りはそんなに広い通りでなく、石畳で車も人も山のようにいてさらに急な坂である。下から坂を見上げたときは、タクシーにすればよかったとめちゃ後悔した。

 2ブロック登り左右を見渡すと左の遠くの方にミルトンホテルの看板が見え、ほっとした。まあ道が凄いから、荷物もってそこからの移動も大変だった。帰りは絶対にタクシーにしようと思う。

 ホテルにチェックインして部屋に入ると、部屋の窓から一部ではあるが、ラパスの町が見えた。ラパスの町はすり鉢状になっており、その斜面にビッシり建物が建っている、この風景が素晴らしい。

ミルトンホテルの部屋。一見可愛らしいが、ボリビアクオリティー

ホテルの部屋からの風景

  これが、夜になると、町の明かりが点々とつき素晴らしい夜景となる。これが、ホテルの窓から見えるんだから、凄い。この宿は、Wifiもフリーで早く、快適であった。どうやらこのホテル日本人御用達らしく、お客さんは殆どが日本人である。このホテルに泊まり、ラパスで有名な日本食レストラン「けんちゃん」で食事をする人が多いようだ。


ホテルの屋上からみたラパスの夜景


 心配していた高山病も、頭痛や吐き気等の症状はなく、問題なさそうだった。ただ、坂道を5歩歩くと、ちょっと息切れみたいになり、ちょっときつい。

とりあえず今日は、この高度になれるためおとなしくしておく。


2013年3月23日土曜日

サンティアゴ


3月5日 火曜日
 今日は、朝からお腹が痛く下痢だった。あまりお腹の調子がよくないのに、ワインをがぶ飲みしたせいかもしれない。
 朝はフランスパンのトーストを食べたが、かなりお腹が緩いので、宿で休息をとることにした。妻と徳ちゃんは、地図をみて、サンクリストバルの丘というところに出かけて行った。

 結局自分は、夕方まで部屋で寝ていた。妻と徳ちゃんはサンクリストバルの丘でスモークサーモンを食べて、ビールを飲んで6時くらいに帰って来た。
宿の廊下。天井が高く昔は高級なホテルだったのではないかと思われる。

中庭があり、緑もありおしゃれ

老人は椅子に座ってお昼寝

若者は太極拳

ギャルはプールで水遊び

 俺の腹も少し減って来たので、夕食を食べようと外に出たが、宿の回りは寿司屋ばかりで、仕方なく、バーみたいなところに入ると、お腹減っているならとフレンチフライの盛り合わせを勧められたが、みんな却下して、仕方なく隣の寿司屋にはいった。

 ここは奥が広くなっており、インテリアも寿司屋らしくはないが、結構凝っていた。寿司の種類もたくさんあったが、ほとんどがロールで、握りはサーモンか、マグロくらいしかない。寿司は食べる気ないので、セクシーなウエイトレスさんに、おすすめを聞いて、それを注文した。結局ビール2杯のんで、一人3000円程もかかってしまった。ヤッパリ外食は高い。お店をしっかりえらばないといけない。


2013年3月22日金曜日

オークランド〜サンティアゴ


3月4日 月曜日
 いよいよ今日は、南米に移動する日だ。妻が、どうしても蜂蜜を買って家に送りたい等というので、段ボールに蜂蜜と、いらない物を詰め込み、郵便局へ。一番安い便でたのんだら、なんと、5週間で、料金は87ドル。蜂蜜は全部で60ドルだったから、送料のほうが高いことになる。
 こんなのがこれからも続いて行くのかもしれない。

 便は夕方4時5分発だったが、11時にチェックアウトして、バスで空港まで行く。バス料金は一人16ドル。20分位でつくからちょっと高いんじゃないの?

 今日はどうも朝からお腹の調子が悪く、太田胃散をのんでいたので、昼食は消化のいいうどんにしたが、そのあと気分が悪くなり戻してしまった。

 飛行機は定刻に出発した。機内食は、チキンとラビオリから選択となり、ラビオリをチョイス。粉っぽくて美味しくなく胸焼けがして来たので、残した。やっぱり、お腹の調子が悪いようだ。夜もものすごく眠いんだけど寝ていると腰が痛くなったり、首が痛くなったりで、ねかなか眠れずついに朝ご飯。 朝ご飯はハムチーズのサンドイッチとフルーツ。やはりチーズの匂いで気持ちが悪く、フルーツだけ頂いた。
LAN航空の機内食 あんまり美味しくはなかった。






 そんなこんなで長い11時間であった。到着後、イミグレでは長い列。でもアジア人はいないねなんて言いながら列をみると、なんとエアーズロックで会った徳ちゃんがいるではないか。

 イミグレをとおり、税関を徳ちゃんと一緒に通って、空港の出口で記念撮影。徳ちゃんは、まだ宿を決めてないということで、とりあえず一緒にバスで中心地まで行くことになったバスは、インフォメーションのお姉様に言われた青いバスで行く。1600ペソ320円くらいだ。徳ちゃんが目を付けていた中心地の近くに我々が予約したホテルがあるので、とりあえず、一緒にホテルまで歩いていった。

 そのホステル、La Casa Rojaは1890年台に建てられた社交場を改装して作られており、中庭が2つもあり、天井が高く、部屋も8人部屋だったが広かった。ダブルの部屋なんかはかなり雰囲気が良さそうであった。ただ部屋に窓はないので、昼でも暗かった。徳ちゃんもここが気に入ったらしく、一緒に泊まることになった。

 まあとりあえず町に繰り出した。適当に人の多い方に歩いて行くと、おそらく旧市街の商店街だと思うが、まあ人がいるはいるは、靴屋が並んだ通りがあり、妻が靴を求めて探すが、思っているような物は売っている気配はない。

 教会の前に広場があり、そこでカップルや鳩がいちゃいちゃしている。まあカップルは何処でもいちゃいちゃしているんだけどね。

サンティアゴ大聖堂 の前の広場のアート

サンティアゴ大聖堂

 教会の中に入って行く。教会ってのは、何処も作りがおなじであるが、中央にキリストの銅像があり、4方にステンドガラスがある。

サンティアゴ大聖堂 の中のステンドガラス

サンティアゴ大聖堂  の中のステンドグラス
サンティアゴ大聖堂  の中の銅像

 妻曰く、ここの教会はたいしたことないそうだ。しばらく椅子に座っていると眠くなって来た。
サンティアゴ大聖堂 の前の広場のインチキ臭いストリートパフォーマ。
手を怪しく動かして、何かを使用としているが何も起こらなかった。

 しばらくウロウロして、夜のご飯をスーパーで買って帰った。妻が、巻き寿司が150円くらいだからそれに使用というので、巻き寿司2つと、パンとチーズ、野菜と、生ハム、ワイン2本を買って帰った。ワインは1本350円で安かったが、巻き寿司は妻の計算違いで500円程もして、高い夕食となった。

 結局徳ちゃんと3人でワイン2本空けてしまい楽しく酔っぱらった。お腹の調子はどうなったんだろう?


2013年3月21日木曜日

オークランド


3月2日 土曜日
 朝から近くの薬局に行くが土曜日なので閉まっていた。しょうがないので、痒いのを我慢して、1:30のハーバークルーズに行ってみようと思い、港まで歩いた。

 途中で、薬局により、かゆみ止めの飲み薬と、塗り薬を買い、薬を飲んだら、気のせいか少しかゆみは収まった。今日のクルーズはもう既に満席で明日の10:30発のクルーズの予約をして帰ったが、このクルーズには、対岸のdovenportまでの往復のフェリーの搭乗券がついており、今日も使えるということだったので、早速いってみることにした。
オークランドの港には豪華客船が停泊していた。
ダベンポートまでのフェリー たしか30分毎だったと思う。

 Dvenportは小さい町で、小高い丘がありそこからの景色が良いということだったので歩いて登ってみた。普通に道路を歩けばよいものを、ショートカットコースを登り、あまりにも急できつかった。
 頂上からの景色はオークランドが見渡せ、なかなかきれいだった。ただあんまり天気がよくなく、少しかすんでいた。
ダベンポートの展望台からの風景




展望台の風景

単なる石と思ったらアードだったΣ( ̄□ ̄;)




 港の近くには、レストランが建ち並び、みんなビールを飲んでおり、どうしてもビールが飲みたくなり、レストランで生ビール1杯と飲茶を頼んだ。飲茶は単なる揚げパンに、ラー油か醤油をつけて食べるのであるが、これがビールのつまみに合い、美味しかった。夕ご飯もここで食べたかったが、まだ時間があるので、オークランドまで戻った。
飲茶 美味しかった。



観光用に馬車が走っている。
オークランドの港のとなりで催し物があり、奥のほうでものすごい盛り上がっている。そこは、砲丸投げの大会があっていた。砲丸投げでこんなに盛り上がるのかと思いながらみていたが、2mは超えているような女子選手が出て来て、砲丸を投げると、その砲丸は高く舞い上がり、前の選手の距離より長く、自分の予想を遥かに超えた所まで飛んで来て、思わず、自分も歓声を上げて盛り上がってしまった。

黄色いユニフォームが砲丸投げ優勝の選手。とにかくでかい。

 砲丸投げでも結構エキサイトできるのだなと感心してしまう出来事だった。

 お腹がすいたので、出口でピザのようなものを頼んでたべた。これは、伸ばした生地にほうれん草と羊のミンチと、チーズをはさんで焼いたもので、食べてみると、生地はもっちりしていて、韓国のチジミのような食べ物でおいしかった。
注文を受けてからおばちゃんがつくってくれる。


中のチーズが溶けてとてもおいしい。
宿までの帰り道に、義妹が10年前にワーホリでバイトしていたという日本食居酒屋を見つけ、そこで食事をすることにした。エビマヨと餃子とサーモンの巻き寿司をたべ、ビールを飲んだが、全部で47ドル。美味しかったが日本食は高い。

義妹が昔バイトしていた日本食レストランというか居酒屋

3月3日 日曜日
 かゆみの方は、薬のおかげで大分よいが、まだ痒いし腫れはひかない。完治まではもう少しかかるようだ。
 今日は朝から雨模様。10時半のクルーズに行ったが、景色はもやがかかっていて殆ど望めないし、寒く、なんだか気分が乗らなかった。

 ランギトト島という比較的新しい火山島に上陸できるということだったので、上陸してみんなの後をつけて行くと、他の乗客は凄い勢いで山の中に消えて行った。たしか上陸はあ10分だけだったはずと思いながら、若い日本人の3人組の男の子に船は何時?と尋ねると12:45ですよと言う。そうアナウンスで12:45と言っていた。でもおかしいなと思い、さらに男の子にハーバーツアーですかと聞くと、違いますという答え。このとき初めて、ツアーとこの島に来る人たちがミックスされていることと、もう港に戻っても、船は行ってしまっていることに気がついた。
ランギトト島。島は溶岩でできており、かすかに硫黄の匂いがした

ランギトト島からオークランドが見える

 しょうがないから、山登りして帰ろうと思い頂上まであと15分と言うところまで登ったが、帰りの時間を計算すると12:45には間に合わないので、そこで引き返してきた。
ランギトト島の船着き場 特に何もない
おそらく、アナウンスでハーバークルーズの人への案内はあったのだろうが、英語が全く聞き取れていない私たちのミスであった。帰りの船にチャージなしで乗せてくれるか心配だったが、チケットをみせると、このチケットは違うけどいいよと言って乗せてくれた。
ランギトト島の船乗り場、
おそらくランギトト島の往復チケットはかなり安いのだろう。

 結局クルーズには行けなかったが、ランギトト島の山登りが出来て、たのしかった。この山は、火山で、まだ、硫黄の匂いがしており、溶岩はなんだか暖かい感じがした。
フェリーからのオークランドの風景。こうしてみれば都会だ。